― JIS基準が守れない現場の限界 ―
はじめに
本日、テクノエイド協会から発表された最新の事故統計に、福祉用具業界は大きな衝撃を受けました。
福祉用具に関する重大事故のうち、実に約33%が電動三輪・四輪車(いわゆるシニアカー)に関連する事故だったのです。
メーカーの開発責任者として、私はJISの安全基準の策定にも関わってきました。
その立場から見ると、この数字は決して偶然ではありません。
むしろ、「予測できた悲劇」であり、同時に設計の限界を突きつけられた結果とも言えるのです。
電動三輪・四輪車の事故率33% ― この数字の正体
では、なぜ電動三輪・四輪車の事故がここまで多いのでしょうか。
背景には、試験環境と実際の使用環境の大きなギャップがあります。
電動車いすやシニアカーには
JIS T 9208という安全基準があります。
私はこの基準の策定に関して、どのような環境で製品を試験すべきか考えてみました。
現実には次のような違いがあります。
- 試験室の「整備された段差」
- 地方都市の「雨で削れたアスファルト」
この二つは、まったく別の環境です。
メーカーはJIS基準をクリアすれば「安全」と言えます。
しかし、プロの視点から見れば、それは法的な最低限のラインに過ぎません。
さらに、実際の現場では次のような要素が重なります。
- 利用者の身体機能の個人差
- バッテリーの電圧低下
- タイヤの摩耗
- 路面環境の変化
これらが複雑に絡み合ったとき、設計上は安全なはずの製品が危険な状態になることもあるのです。
なぜJIS適合品でも事故は起きるのか
日本の福祉用具は、世界的に見ても非常に厳しい
JIS(日本産業規格)によって管理されています。
例えば電動車いすの場合、以下のような試験があります。
- 安定性試験
- 制動性能試験
- 段差乗り越え試験
- 耐久試験
これらの試験をクリアしなければ、製品として市場に出すことはできません。
しかし、現場は試験室ではありません。
例えば「踏切」を考えてみてください。
踏切には
- 金属レールによる滑り
- 深い溝
という危険な条件が同時に存在します。
これはJISの試験環境では完全には再現できない状況です。
そのため、設計段階の計算や試験結果が通用しないケースも出てきます。
知財と安全のトレードオフ
現在、大手メーカーは次のような技術の特許を数多く保有しています。
- 障害物検知センサー
- AIによる自動制御
- 自動停止システム
しかし、ここには大きな壁があります。
それが、介護保険制度の公定価格です。
介護保険で提供される福祉用具は、
価格がある程度固定されています。
そのため、
- 高価なセンサー
- 高度な安全システム
を標準装備にすることが難しいのです。
知的財産管理の視点から見ると、ここには大きなジレンマがあります。
優れた安全技術が存在しても、
それがJIS標準にならなければ普及しない。
結果として、
技術はあるのに、利用者の命を守るレベルまで普及しない
という状況が生まれてしまうのです。
UCアドバイザーからの提案
「見やすさ」が命を守る
事故防止は、必ずしも高度な技術だけで実現されるわけではありません。
特に高齢者や色覚多様性のある方にとって、
シニアカーの操作パネルや警告表示は見づらいケースが少なくありません。
そこで重要になるのが、ユニバーサルデザイン(UC視点)です。
配色
「赤=危険」という色の意味だけではなく、
背景とのコントラスト比を4.5:1以上確保することが重要です。
レイアウト
操作ボタンは
- 文字だけでなく
- 形でも識別できる設計
にするべきです。
事故を防ぐのは、
強力なモーターではありません。
正しい判断を助けるインターフェースなのです。
学生・若手専門相談員の方へ
皆さんが今学んでいるのは、
- 法律
- カタログスペック
かもしれません。
しかし、本当に現場で役立つのは、
「製品の裏側にある設計思想」を読み解く力です。
例えば、
- なぜこの手すりはこの角度なのか
- なぜこの車いすのリブはこの位置なのか
そこにはすべて、事故の経験と設計者の意図が込められています。
カタログを見るだけではなく、
「なぜこの形なのか」を考える習慣を持ってください。
それが、利用者の安全を守る専門職への第一歩です。
まとめ
福祉用具の事故の33%が電動三輪・四輪車に関連しているという事実は、
決して単純な問題ではありません。
そこには
- JIS基準と現場環境のギャップ
- 介護保険制度の制約
- 技術普及の難しさ
といった、構造的な課題が存在しています。
だからこそ私たちは、
「基準を守ること」だけではなく
「現場を理解すること」
を重視しなければなりません。
福祉用具の安全は、
技術・制度・現場理解の三つがそろって初めて守られるものなのです。

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